高齢者の認知症と運転免許返納について思うこと

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子供笑うな来た道じゃ。年寄笑うな行く道じゃ。

この言葉は、中学生くらいの時に、数学の先生から教わった記憶があります。角刈りの気合の入った先生でしたが、懐かしい限りです。

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高齢者の認知症と運転免許返納

さて、高齢者の認知症と運転免許返納に関する議論が行われていますが、なかなか難しい問題のようです。

75歳以上の高齢ドライバーに対する認知機能検査を強化した改正道交法が施行されましたが、医療現場でも葛藤があるようです。

認知症と診断された場合には、運転免許返納しなければいけないようですが、仮に認知症と診断すると、高齢者が怒って逆恨みも懸念されます(そもそも認知症になると性格が攻撃的になり、怒鳴り散らす人もいます)。

その反面、医師が認知症と判断しなかった高齢ドライバーが認知症で事故を起こした場合の責任の心配をする医師もいるようです。

なんだか、責任転嫁に関する議論をしているようで、意味不明な部分もありますが、これが現在の日本の状況のようです。

また、地方では「車社会」と言う現実も高齢者の運転免許の自主返納を阻害する要因にもなっています。

 

根拠なき高齢者の過信

高齢者の中には、「車の運転ならまだまだ大丈夫」と考えている人は大勢います。性格的な部分もありますが、運転免許がないと生活に支障をきたすと言う現実から目を背けるために発言する人もいます。

もう一度、先の言葉を考えてみます。

子供笑うな来た道じゃ。年寄笑うな行く道じゃ。

成人年齢が20歳(18歳への過渡期)の日本ですが、子供に対する制限や制約は未成年と言うことでたくさん存在します。はい、皆さん来た道です。

 

年寄笑うな行く道じゃ

高齢者になると、笑われても仕方ないような考えや行動をすることがあります。本人にはその自覚がありません。至極当然と考えています。周りの人は、その現実は仕方のないことなので笑ってはいけません。

はい、皆さんも私もこれから行く道です。全員が脳が衰えるわけではないですが、多くが脳も体も衰えます。当たり前のことです。

当たり前の考えでは、子供とお年寄りは社会的に守られるべき弱者です。特に高齢者への福祉の充実ぶりは、子供のそれよりも遥かに充実していると思います。

財産とか、そういうことは本題ではないので、悪しからず。

 

運転免許の自主返納は当たり前では

高齢者の運転免許自主返納に関しては、制約の多い子供から制約の少ない大人になり、一度手にした権利を手放すことができない人間のエゴが垣間見れます。

むしろ、運転免許を自主返納するのは当たり前の考えではないかと思います。高齢者の中には、認知症の人だって、そうでない人だっています。それも当たり前です。

もちろん、子供にだって15歳で「大人」な人もいれば、まだまだ「子供」な人もいます。しかし、一律の年齢で「未成年」としてくくっています。

子供笑うな来た道じゃ。年寄笑うな行く道じゃ。

ただ、笑われていても、そのことに気づいていない、気づかない振りをしている高齢者にはなりたくないですが、きっとそのような老人に自分もなっていくのだろうと思う自分もいます。

 

乱文、駄文、失礼しました。m(__)m

 

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