[ 中国古典 ] 論語の名言・迷言・格言

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故きを温ねて新しきを知る(ふるきをたずねてあたらしきをしる)

めちゃめちゃ有名なので今さら感があります。 ほとんどの人は「温故知新」という言葉で覚えていると思います。過去(歴史)を学び、現代に認識を深めるという意味もありますが、

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以って師たるべし(もってしたるべし)

が重要だと思います。つまり、温故知新を実施している人がリーダーの条件であるという部分です。自己啓発も行っていない人間は、リーダーになる資格はないと言うとですね。 言うだけ番長についてくる人は誰もいないということでです。

士は以って弘毅ならざるべからず(しはもってこうきならざるべからず)

広い見識()で、強い意志()を持っているものでなければ、トップ(リーダー)失格という言葉です。自分を棚に上げて誰かに言いたくなります。私はトップでもリーダーでもありませんが。

小利を見れば、即ち大事ならず

あせって、目の前の利益に惑わされれば、大きな目標に到達することはできないという意味です。一歩一歩、着実に。反省、反省・・・・・

十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず。
五十にして天命を知る。
六十にして耳従う。
七十にして心の欲する所に従いて矩(のり)を踰(こ)えず

私はアラフォーです。

自分の進むべき道が明確になっている年齢だそうです。孔子曰くですが。

人にして信なくんばその可なるを知らざるなり

小物は多くの妥協はしますが協調はしません。君子は強調するが意味のない妥協はしないということです。悪意ある例えをするならば、責任を逃れたい人はであり、責任のとれる人はであるということです。

三人行えば、必ずわが師あり

誰もが、自分の師匠です。自分を高めてくれる人もいれば、反面教師になる人もいます。貪欲に学びたいものです。

学びて思わざれば則ち罔し、思いて学ばざれば則ち殆し

物事を知識として得ても、自らそれについて考えなければ、知識としてはあるが、身にはつきません。 ようするに、雑学で答えだけを知っている状態です。逆に、思うだけで知識がないと無駄なことをやっている可能性が高いにも事実です。実際に体験した物事・感じたことを言葉として残しているのだと思いますが、理想的なのは、知識ありきの上で実際に体験し、自分がどう思うか・どう思ったかを顧みることであると思います。

君子は言に訥にして、行いに敏ならんことをと欲す

簡単に言えば、『口先よりも行動を』ということでしょう。孔子がそういうということは、当時そのような人が多かったということだと思います。我が強く、何かとまくしたてる現代の中国人とあまりにイメージが重なります。テレビ見ててもやはり中国人はそう見えますよね。今も昔も変わっていないということだと思います。

過ちて改めざる、これを過ちと謂う

有名な言葉ですが、実践するのは難しいです。サラリーマンであれば聞いたことがあるだろう PDCA でいうとチェック( C )の部分が難しいです。場合によっては、過ちと気づいていなことすらあります。さらには、原因を追究するために、ずれたところで迷走する会議なんかを延々と開いていることも多いのです。なお、成功の原因を追究することも良いですが、失敗の原因を追究することのほうが難しいのは、周知の事実です。過去の成功にしがみついているだけでは、成長はありません。

人の己を知らざるを患えず、人を知らざるを患う

いくら頑張っても人から評価されないと嘆いているのは間違いです。自分が相手のすごさに気づいていないことが根本の問題です。相手のすごさを理解するには、自分がそのレベルに近づかないと当然気づくはずもありません。反省です。

己の欲せざる所は人に施すなかれ

人にしてほしくないことは、人にもするなというこです。現代日本でも、誰もが同じことを言います。

位なきを患えず、立つ所以を患えよ

偉くなれないと愚痴るのではなく、努力しないさいということです。もちろん実力があっても、偉くなれない人間もいますが、多くは努力が足りないということです。逆に、実力はなくても、2世3世ということで、偉くなってしまう人もいます。2代続けて総理や大統領になれるような実力がある人間が生まれてくるようなことは、限りなくゼロに近いと思いますが、現実にはあります。

憤せずんば啓せず、悱せずんば発せず

やる気のない人にはヒントも与えることもしません。簡単にいうと、やる気出せということです。教育も答えを暗記させるのではなく、やる気を出させる、または興味を抱かせれるだけで良いのです。そうなれば、勝手に伸びます。

君子は義に喩り、小人は利に喩る

中国人は孔子が嫌いなのですか?君子は人の道をはずさないことを、まっとうであるかを考え、小者は利益を真っ先に考えます。昔の日本もパクリから始めたのでしょう。昔は中国から取り入れ、明治以降は西洋から取り入れました。そして、独自の発展を遂げてきています。近隣諸国は何というかはわかりませんが・・・起源がどうのこうのと言い出しそうですが、そんなことは大した問題ではありません。 過去の積み重ねが今なのです。

下問を恥じず

目下・年下の人に教わることは恥ですか?本当にそう思う人がいるでしょうか?と思います。しかし、年寄りには年寄りのプライドもあります。自分だけの世界を世の常だと思い込む人も多いです。しかし、年寄りを笑う若者も多いです。お互い様と言うことです。

小人の過つや必ず文る(しょうじんのあやまつやかならずかざる)

小物は失敗すると、それを取り繕ってしまいます。謝る、認めるを絶対に行いません。嫌というほど見てきましたし、自分もそうであったと思います。反省しなければいけません。

故旧は大故なければ即ち棄てず(こきゅうはたいこなければすなわちすてず)

昔からの仲間はよっぽど悪いことでもしない限り見捨てるなという意味です。そういえば、ここ数年連絡のとれない友人がいるので一度連絡してみようと思います。

意なく、必なく、固なく、我なし

:自分の思いだけで推測すること

:自分の主張を押し通すこと

:一つに固執すること

:自分のことばっかりなこと

自分はそんなことはないと思っていても、状況や環境によってそのような言動になっているかもしれません。

己に如かざる者を友とするなかれ

自分より優れた人物を友にせよということです。納得できない人も多いのではないかと想像します。友達になるのか、気づいたら友達になっていたのか?友になるのに自分より優れている点を探しますか?誰にでも優れている点はあると、どこかで聞いたことのあるような言葉で恐れ多くも孔子を否定しているようで何とも言えません。

過ぎたるはなお及ばざるがごとし

度が過ぎてもいけません。足りなくてもいけません。ちょうどいいバランスが大事です。

後生畏るべし

若い人には無限の可能性があります。それも畏るるほどにです。否定できる人はいないと思います。だけど若いだけでは意味がありません。 若い人が努力しなければただの小僧でです。しかし、大人でも文句言う人ほど、実際には何もやっていないことが多いような気がします。

小忍ばざれば即ち大謀を乱る (しょうしのばざればすなわちたいぼうをみだる)

あなたの夢・目標は何ですか?今そんなことに苛立っている場合ですか?夢のために我慢することはできませんか?その怒りは無駄ではないですか?時間がもったいなくないですか?夢の為には、ささいなことは我慢しなければならないですよと言うことです。

徳は弧ならず、必ず隣りあり

徳のある者は孤立することがなく、理解し助力する人が必ず現れるという意味ですが、 本当ですか?ただの希望ですか?徳で選ぶ選挙が実現するのはいつですか?

一を聞きて以って十を知る

ニ、三も知れば既に天才レベルでは?と個人的には思います。大体の人は一を何度も聞いて、失敗して悩んでを繰り返して一を知るくらいなのではないかと思います。

その身正しければ令せずして行われる

正しければ命令なんてしなくても実行されますが、正しくなければ命令しても実行されません。理想的ですが、サラリーマンなんて、忠実なイエスマンの多いこと、多いこと。 残念ながら孔子の考えた世界にはなっていないようです。

忠告してこれを善導し、不可なれば即ち止む

過ちや罪を犯した人がいれば忠告し、それでもだめならばしばらく様子を見るようにした方が良いということです。ずーっと批判し続けると、自分も相手もいやな思いになるだけです。しかし、酔っぱらいのオヤジには通じない言葉でもあります。自分の主張を押し通す。人の意見を聞いているようで聴いていない。オヤジとは関係ないかもしれないが、酔っぱらいには当てはまります。どうせ、次の日には覚えていないです。でも、そんな会話を楽しんでいるんだからいいのですけれどね。

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